ドイツ・ハンブルグでの個展 Eine Fahne flattert im Wind(風に揺れる旗)での作家紹介文 原文
堀田真作は、日本の北の島である北海道に生まれた。北海道は国策により1870年代からニューフロンティアとして新たに拓かれた広陵な大地である。彼は幼少の時より理工系の研究者になることを夢想するが、14歳の時に出逢った油彩というマテリアルから、作家へと続くそのキャリアを積み始める。1991年にアカデミックかつクラシカルな絵画を学ぶ芸術大学の油彩科を卒業する前後から、マチスのカットアウトや、アメリカ抽象表現主義に影響された、「色と形の提示」をテーマにした難解な抽象作品を発表し続けて来た。彼から発せられる問いは一貫している。それはシンプルなものだ。それは「絵画とは何か」なのである。色面の集まった、筆致を強調した複雑な作品から移行し、形態をダイナミックに組み合わせた色彩豊かな作品を制作してきた。「アンリ・マチスの晩年の、肉体から解放されたかのような自由な形態の表出、フランク・ステラが行った、自由奔放な造形性により絵画の可能性を押し広げようとする姿には、大きな影響を受けた」。しかし同時に、絵画の可能性を模索する中で、「何をもって絵画とするのか」という自己確認を内包した問いが、彼の中から消える事は無かった。
大きくスタイルが変化するのは、現在も記憶に残る1998年の個展「The journey is the reward(*1)」からである。彼の絵画からは甘く美しい色彩は消え失せ、硬質な物質感を全面に押し出したシンプルで毅然とした表現へと変貌を遂げた。彼が求めたのは、欧米からの借り物の絵画表現ではなく、日本古来のものである、強い平面性と、濃淡の中から立ち昇る禁欲的な精神の具現化、そして同時に、秘められた官能性・装飾性を具現化する試みであった。それは15世紀後半の日本人が琳派の美術作品の中に見いだした「美」の再発見でもあったのである。
注*1「創造の過程こそが我々の報酬である」スティーブ・ジョブスが、彼のアップルコンピューター・エンジニアリングチームに語った言葉。
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